ホーム untickleコラムとは コラム イベント レポート インタビュー その他 お知らせ 会社概要 ✖ CLOSE

アトピーに最適化された脳からの脱却

アトピーに最適化された脳からの脱却

アトピーの特徴である痒いという感覚と、掻くという行為の相関性は実に奇妙だと思う。

自分の長いアトピー人生のなかで、本当に痒いから掻いているのか、それとも何かの刺激によって無意識に掻いているだけなのか、分からなくなる時がしばしばある。

本当に痒くてたまらない瞬間が事実として多々ある一方で、掻きながらも「あれ、私さっきからお腹掻いてるけど痒いんだっけ?」とふと思う瞬間もちょくちょくある。よく考えたらそこまで痒くない気もするが、掻くという行為は続く。

これは私が特別こじらせアトピー体質だからだと思っていたが、最近よく読む山口創先生の著書『皮膚感覚の不思議-「皮膚」と「心」の身体心理学』(2006年)に、以下のような記載があった。(以下、引用文は全て同じ本から抜粋)

…アトピーの場合は、さらに脳レベルでの変化までも起こっていることもある。たとえば普通なら痛みと感じるような機械的刺激や熱、科学的刺激も、脳が痒みとして判断してしまうのだ。この現象は、アトピーの症状が出ている部分から少し離れたところでも生じている。そのためアトピーの患者は、日常経験するあらゆる刺激によって痒みが出てしまうのだ。

つまり、もはや自分の脳は、痛みとか熱いとか寒いとかピリピリといった刺激を「あ、いま痒みを出すタイミングだね」と判断してしまう状態になっているということだ。

痛いのか痒いのか、はるか昔からややこしい問題だった

アトピーという単語ができたのは1920年以降であるが、「痒い」という感覚は、この地球に人間が誕生してから、恐らく「熱い」とか「寒い」といった感覚と同じくらいの歴史がある。

ギリシャの哲学者のソクラテスは、「掻くことは快感と痛みの混ざった感覚である」と述べ、アメリカの発達心理学のモンターギュは、「掻くことは自然のもっとも甘い感情の一つである」とも述べている。

…最初に痒みを医学的に定義したのは、ドイツ人の医師ハフェンレファである。彼は1660年に、「痒み」を「掻きたくなるような、あるいは掻かずにおられないような、そして掻破行動を起こす不快な感覚」と定義した。単に不快な感覚としてではなく、それに伴って起こる「掻く」という行動まで含めて定義している点が需要である。

つまり、「痒み」が医学的に意識されたのは1660年以降であるが、紀元前400年ごろにはすでに「痒みって何ぞや」というテーマで深く考えていた人がいたという事になる。

痒みの歴史を学ぶにつれ、自分にしばしば起きる、痛いのか痒いのか分からない奇妙な感覚は「そう感じるのが普通なんだ」という事に気づいた。これは個人的にかなり興味深い発見だった。

痒みの心理学

当事者の多くは、ストレスが蓄積すると痒みが強くなることは、もはや「普通」なことと認識しているだろう。それなのに、2020年になっても「痒みの心理学」といった概念の研究はあまり進んでいないように思える。

そんななか、前述の山口先生の本のなかに、痒みとメンタルに関する記述がいくつかあって、どれも興味深かったのでご紹介したい。

皆さんにはいくつの項目が当てはまる(納得できる)だろうか。

…ストレスや不快なできごとがあると、痒くはなくても、掻くことで気が紛れ安心する。これを繰り返す結果、描くことに依存するようになり、ついには掻くことでしかストレスを解消できない状態に陥ってしまうのである。

…ストレスが加わると、感情のように、突然皮膚の表面に現れる。このように突然赤みをもって腫れあがるのは、怒りや攻撃などの爆発を示すものである。この病気の患者にとっては、皮膚が唯一の感情表出の手段である。腫れた部位は非常に強い痒みをともなうため、患者は強迫的に掻く。掻くことは怒りなどの感情を取り除こうとする現れである。

「子供のころ、親から愛情をそそいでもらえなかった」と話し、「愛情に飢えている」ことを強調した。(中略)…彼らは、親を非難したいのだが、それが叶わないため、代わりに自分自身を攻撃するために、湿疹を掻きむしるのだ、と考えた。さらに、このような患者は、湿疹のある部分を他人に見せることで、自分に注目してほしいという無意識の欲望があるという。その一方で、そのような欲望をもつことに対して罪の意識も感じている。彼らの性格は、不安と恐れに満ちており、自信がほとんどないとさえ述べている。

これらの内容がどれだけ信憑性があるかは分からないが、個人的には3つともとても共感できる。

ストレスや不快な出来事から逃れるために掻くという構図は、アルコール依存やリストカットに手を出す心理と似ている部分があるように感じる。

3つめの引用文は、個人的には少しアタッチメント(愛着)障害の気質が感じられる。この問題の難しいところは、実際に親が子供を可愛がっていたつもりでも、ときに子供の潜在意識のなかで「自分は昔親に可愛がられなかった」といった歪んだ認知ができてしまうという点である。

もし私たちアトピー当事者が、このようにストレス回避として掻くことに依存していたり、満たされない気持ちを掻くことで表現しているのだとしたら、これは深刻なメンタル問題である。

不規則なアトピーの痒みと痛みが脳を疲弊させ、正常な思考を奪う

また、アトピー症状に伴う痒みや痛みによる苦痛は、さらなるメンタル問題を引き起こす。

アメリカの心理学・行動経済学の第一人者、デューク大学ダン・アリエリー(Dan Ariely)教授は、お金と感情と意思決定の白熱教室の講演のなかで「人の苦痛の感じ方」について、以下のような法則があると述べている。

苦痛の総量は痛みの継続時間には比例しないが、痛みに強弱をつけると劇的に大きくなる

・苦痛の総量は、痛みの強さの変化のしかたによって大きく変わる。痛みが徐々に増していくのが最悪のパターン。その後の悲劇が予測されるためである。

この講演を聞いたとき、自分のなかにある仮説が浮かんだ。

前述した通り、私たちアトピー当事者の脳は、痛みと痒みの区別が難しい。ということは、アトピー当事者において、教授の言う「痛み」は「痒み」にも当てはまるのではないか。ましてやアトピーは痒みと痛みはほぼワンセットである。しかも痒みには強弱があり、予測が難しい。

となると、

・予測できない痒みの強弱が毎日発生し、掻き続けることによって徐々に痛みが増していくことを予知しつつも、痒みで掻くのを止めることが出来ないアトピー症状は、当事者に深刻な苦痛を与えている。

と言えるのではないだろうか。

自分の痒みや掻く背景に意識を向けて自覚することから始めよう

これまで述べてきた内容を踏まえて言えることは、私たちアトピー当事者の脳は「痒い」「掻く」という司令を出しやすくプログラミングされたような状態になっている、という事だ。言ってみれば、アトピーに最適化された脳である。

そしてこのアトピーに最適化されたプログラミングの中身は、脳の神経可塑性という点から、相当意図的に変えようとしない限りは、そのままどころか、より痒がったり、掻き続けるよう強化されていくことさえ考えられる。

私含め、長年アトピーを患っている人にとって、このアトピーに最適化された脳をプログラミングし直すことはとても大変なことである。

それでもアトピーに悩まされる人生を脱却するには、脳をアップデートする努力をし続けなくてはいけないと感じている。

その為に私たちは何をするのが良いか。

一つは、「掻破日記」の概念を取り入れることが重要だろう。昔から有効と言われているこの掻破日記の価値を、私たちは改めて再認識する必要がありそうだ。

とはいえ、痒みや掻破行動が起こるたびに、全てを記録するのは不可能である。だから「いつどこでどの部位をどれだけ掻いたか」という部分は、近い将来それを自動で記録してくれるIoTデバイスの登場を待つとしたい。

それよりも大事なのは、「特に強い痒みを感じた時、自分がどういう心理状態だったか」をメモすることである。例えば、親と喧嘩して怒りを強く感じていたとか、お金のことで悩んでいたとか、提出期限のことであせっていたとか、知人に関してマイナスなことを考えていたとか、そんなことを記録しておく。

メモする頻度や量にはあえて明確な基準を設けず、「なるべく毎日、一文でも」くらいが丁度良いだろう。毎日しなくても良いからとりあえず今日は、くらいの気持ちでやるのが一番良いと思う。

そして、1日〜数日に1度、過去の内容を見返し、そこに何か共通項がないか、自己分析をする。そしてそんな行動をしてきた自分を受け入れ、許す。こうしてようやく私たちの脳はアップデートの準備をし始める。

この作業は、1-2回やって効果が得られるものではなく、継続してこそ効果が得られる。

1人ではハードルが高いと感じるのであれば、臨床心理士やカウンセラーなどの専門家の力を借りたり、自身のアトピーを理解してくれる人の協力を仰ぐと良いだろう。SNSやブログで発信してフィードバックをもらうのも一案だ。

また、自分を客観的に見つめるトレーニングとしては、マインドフルネス瞑想なども有効である。

私自身、サロンを運営している立場であるが、月1でスーパーバイザーの感覚で外部のカウンセラーの方の助言を仰ぎながら、掻破日記と瞑想の両方を取り入れている。特に日記は毎日つけるのは難しいが、思い出すたびに書いていて、結果としてQOLの揺れが昨年よりも少ない。

この記事を書いている今も、私自身まだまだアトピーに最適化された脳であるし、もっと試行錯誤をしなくてはいけないし、先は長いだろう。

それでも、なんかいつか脱却できるかもしれないなぁと漠然と前向きに思い始めている自分がいる。それだけでもすごい変化だ。

そんなわけで、これ以上自分の脳がアトピーに最適化されないよう、痒みや掻くという行為につながるプログラミングを少しずつ 消していきたいと思う。2020年が終わる頃、どんな自分になっているか、ちょっとだけ楽しみだ。

コラムカテゴリの最新記事